虚実の変遷

素問にみる虚実

中国医学の古典の中で、気には大きく分けて正気と邪気の二種類があると説明されています。

  正気 : 正常な生理機能・状態
  邪気 : 病的な生理機能・状態

古典の中でも初期に書かれた『素問』では、

『邪気盛んなれば実、精気奪われれば虚』
(『素問』:通評虚実論篇)

と書かれていて、発熱などで生理機能が病的に亢進した状態(邪気の実)と、冷え性など正常な生理機能が停滞した状態(正気の虚)を分けて考えています。(実を、不良な状態と捉えています。)
虚実は同じ直線上で語られていません。虚実の虚と実を、別個に語っているのです。

霊枢にみる虚実

ところが、同じ古典の中でも、時代が下った他の書物では、

『実は気あり、虚は気無きなり』
(『霊枢』:小鍼解篇)

とも書かれていて、『虚実』は一種類の気(正気=正常な生理機能)の多寡をさしているように解釈できます。(実を、良好な状態と捉えています。)
虚実は同じ直線上で語られていて、虚実の虚と実は相対するものとして語られています。

虚実の変遷(1)

実際には、一言で『古典』といっても、虚実の解釈について、時代の流れとともに次のような変遷・相違があります。

1) 『馬王堆文献』の虚実 (BC168年頃)
 … 特に灸についてまとめられた。
    経絡は11しかなく、陰陽論は含まれるが、五行説の影響はみられない。
    三陰三陽の概念の登場。

2) 『素問』の虚実 (BC200年頃)
 … 邪気論が多く語られた。
    相剋説と、脾(土)を重要視した土王説を中心に、五行説を説明している。
    病状に対する素朴な観察が多く語られている。

3) 『霊枢』の虚実 (AD20年頃かそれ以降?)
 … 特に鍼について、運用方法が詳細にまとめられた。
    五臓の中心が脾(土)から心(火)へ移動している。
    邪気について語られなくなり、正気の虚が中心となっている。

4) 『難経』の虚実 (AD100年頃?)
 … 『素問』や『難経』ではほとんどみられなかった相生説が、相剋説とともに語られる。
    陰陽五行説が完成し、全ての説明に適用されている。
    このため、難行65難や75難のような、詭弁のような説明も現れている。

5) 『傷寒論』の虚実 (AD200年頃)
 … 五行説は語られず、病勢を示す三陰三陽が語られている。
    ただし、この三陰三陽は、『素問』や『霊枢』が経絡の名称に用いたものとは異なる。

400年近い年月と、地域差によって隔てられ、気や虚実に込められた概念は、決して一様ではありません。

虚実の変遷(2)

鍼灸に関わる虚実の概念は、おもに上の1)〜4)でしょう。

前項の1)〜3)では、虚実の概念は邪気と正気を含んでいます。
しかし、4)では、おおむね正気について語っています。
4)では、虚実の調整を五行説に則って行いますが、それ以前と実の概念が異なっています。

実際には、多くの鍼灸師が、この虚実の概念の変遷を意識せず、虚実の分類も行わないままです。
1)〜3)の実(邪実)に対しても、4)以降の実(生気の実)の治療原則で対処しているようです。
(これは、難経69難を金科玉条とした、脉診至上主義の弊害とも思えます。)

虚実の分類の必要性

実際の臨床では、1)〜3)の虚実と思える例も、4)の虚実と思える例も見かけることになるでしょう。
鍼灸の種類で言えば、1)は灸、2)は太い鍼、3)以降は細い鍼での施術が多く語られています。

臨床では、これらの鍼や灸を使い分ける必要があります。
鍼灸を使い分けるためのガイドラインとして、虚実の概念を明確に分類する方法も必要でしょう。

そこで私たちは、明解な分類法=座標軸として生理学的な解釈を用い、それぞれの虚実を分類する、という方法を採っています。

虚実の分類方法

amica(真皮間質液測定装置) は、新陳代謝に必要な間質液(細胞外液)の状態を電気的に測定しています。
新陳代謝に必要な間質液の量や質を調べることで、恒常性が維持されているかを末梢ごとに推測します。

AMICAD(経絡虚実判定支援ソフト)は、amica(真皮間質液測定装置)によって得られた井穴の情報から、、『経絡の虚実』を推測しています。

間質液が多ければ、新陳代謝が活発に行なわれていると考えてよいでしょう。
しかし、いくら間質液の量が多くても、その質が劣化していて、例えば電解質が過剰だったり不足していたら、生体にとっては不都合でしょう。
このように虚実を、間質液の『水分量の過不足』(代謝の虚実)と、同じく『電解質の過不足』(成分の虚実)という二つの要素に分け、重なり合う座標系で表現し、分類(マッピング)を行なっています。
こうすることで、正気や邪気といった概念を分類しつつ、虚実を解釈・説明しようとしています。

単に『電流量を調べる』のではなく、生体の状態を『電流量で調べる』ことで、経絡やその虚実を生理学的にどのように説明できるかを提案しています。
皮膚に電流を流し、その大小だけで漠然と『気の量』を説明するのではなく、古典で説かれている虚実を生理学的・物理学的に分類・説明しようとしている点で、AMICADは他の測定器と一線を画しています。
参考文献
『陰陽五行説 その発生と展開』 薬事時報社 根本光人・根本幸夫
『邪気論 見えない身体への一歩』 医道の日本社 奥平 明観
『東洋医学大辞典』 講談社
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