鍼灸と病態把握

五十肩と温灸

「五十肩を、肺経への温灸で治しました。」
そう話したら、五十肩は肩関節周辺の炎症だから、温灸(温熱刺激)で治るはずがない、とベテランの鍼灸師から否定されました。
これをお読みの先生方は、どう思われますか?

病態把握

五十肩(*1)の病態把握=異常個所や、疼痛・拘縮の有無の特定には、さまざまな検査法が用いられます(*2)。
しかし五十肩の場合、どこが異常個所なのか、なかなか特定しづらいのが現実です。
炎症のある疼痛期か、拘縮が主体の拘縮期か、という分類も、大いに悩むところです。拘縮期だとしても、可動域の限界では痛みが生じるのが普通です。痛みがあれば炎症があるのでは?という疑問がわきます。(ここでは、日本鍼灸師会の「疼痛型」、「拘縮型」という分類に従っています)。
もちろん、症状の始まりが炎症だとしても、症状が陳旧化して、拘縮しているだけの場合もあります。

治療方針の違い

こうした五十肩の患者さんについて、指先(井穴)の皮膚の状態を測ると、結果は二つに大別できます。
一つは、皮膚に全く反応が現れていないものです。
井穴で五十肩に結びつくような皮膚の異常が全くみられない場合は、棘上筋・棘下筋や上腕骨大結節に置鍼・通電する、現代医学的な局所治療のほうがよく効くようです。しかし、(大腸経などの)経絡に沿った治療はほとんど効果が無く、皮膚表面への温熱刺激もあまり効果はありませんでした。(ところが、同じ人でも、他の症状(腰椎のヘルニアや消化器の不調など)が皮膚の変化として現れていると、そちらの症状は経絡に沿った治療で効果を得られました。)
これに対して、皮膚に反応が現れているものもあります。
最初に挙げたように、(肺経などの)井穴に間質液不足などの虚症状がみられた場合は、温灸で劇的な効果が得られました。現代医学的な治療では、外転の可動域が10〜20度増えれば上出来なのですが、経絡を用いた治療が効果的な場合、いきなり耳まで腕が上がるようになった症例をいくつか経験しています。この場合は、先ほどとは逆に、現代医学的な治療を行っても、ほとんど効果が得られませんでした。

神経根症の併発

また、指先で皮脂分泌が過剰となり、末梢で緊張が予測されるような場合は、その指に対応した神経根への治療が有効なことが多く、神経根症の併発が考えられます。
こうした場合は、指先を支配するC6〜C8神経より上の神経根部=肩周辺の神経の神経根部にも硬結がみられることが多く、頚部への置鍼で肩の症状が和らぐことが多いようです。

病態と病因、病証

病態把握は、とても重要な作業です。治療方針決定の要(かなめ)です。
しかし、病態把握だけでは、自律神経の緊張や、体性神経の緊張が関わっているか?という判断が難しいときがあります。
どこが炎症・拘縮を起こしているか、どんな炎症なのか、どれくらい障害が出ているか?というのは病態です。
これに対して、その病態がなぜ起こっているのか?は、病因といえるでしょう。
病因として、代謝の停滞があり、それが体表のどの部位に及んでいるかが分かれば、鍼灸治療、それも、経絡を活用した伝統的な治療に大いに役立つようです。
こうした、病因と思われる代謝の停滞や過剰を、先人たちは虚実=病証と呼んだのでしょう。

治療の実際

冒頭に挙げた五十肩の患者さんは、井穴(指先のツボ)の皮膚の状態から、親指(経絡で言えば肺経、デルマトームで言えばC6神経の領域)の間質液が減少し、代謝が停滞・低下しているようすが推測できました(炎症と思われる症状では、真皮の間質液のイオンが過剰となり、老廃物の蓄積が推測される例が多くなります)。

自動的・他動的な外転が(100度程度で)制限され、可動域の終わりで痛みを訴えた、60代の男性でした。
肺経の冷えがみられたので、肺経の兪穴(肺兪)と募穴(中府)、経絡上(上腕二頭筋の天府、侠白)にカマヤミニ(温灸)をすえただけです。それだけで、腕が耳まで上がるようになりました。

まだ経験が浅かったころで、それ以上の細かな検査をしませんでしたが、患者さんは肩が耳まで上がるようになって非常に喜び、何度も手を挙げて(外転させて)笑っていました。

ビギナーズ・ラックだったのでしょうが、なるほどこれが経絡ってものか、と強く印象に残りました。
その後、指先(井穴)の測定で、関連するような虚実が全く得られない五十肩の症例に何度も出会って困惑し、何とか治療方法を模索する中で、経絡による治療が有効な場合と、現代医学的な治療が効果的な場合があることに気がつきました。

治療の使い分けには根拠が必要で、病態だけでなく、病因として自律神経の緊張や代謝の停滞がないか、伝統的な表現でいう病証に当たるものが無いかも、把握する必要があるでしょう。

よりよい鍼灸師になるために

鍼灸師が医療の一翼を担い、他の医療機関と連携するために、現代医学的な病態把握は不可欠です。
それと同時に、例えば五十肩や頭痛のように、現代医学では病態(病因)の分類が不明瞭で、治療が困難な症状に対して、独自の診断=病証把握を行い、効果をあげることが、鍼灸師に求められています。
このサイトでは、東洋医学的な病証=経絡の虚実を、皮膚測定から生理学的に説明することで、現代医学的な病態と結びつける方法を提案しています。

(2010年9月21日 加筆修正)

(*1)五十肩は、さまざまな肩の疾患(炎症・拘縮)の総称といえます。周辺疾患として、上腕二頭筋長頭腱腱鞘炎、腱板炎、肩峰下滑液包炎、石灰沈着性腱板炎、腱板断裂などがあります。それぞれの炎症疾患による炎症が、ゆっくりと拡散して、肩関節包の炎症・拘縮に至ったものが五十肩だ、という説明もあります(日本鍼灸師会)。
(*2)ヤーガソンテスト、スピードテスト、ストレッチテスト、ペインフルアークサイン、ドロップアームテストなど。
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